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2015年7月3日金曜日

人が集う場作り2

「あれ、どこ?この辺だよね」「あの店で聞いてみよう」
7月1日、南三陸町からの一行は石巻で活動する「巻組」の事務所を探していた。その店の店主さんは「よくみなさん、ここでわからなくなるんですよね」 と言いながら丁寧に案内してくれ、「巻組」代表の渡邊享さんに会うことができた。
 昭和の商店街の町並みが残る石巻の街中。家と家が密集する間を抜けて小さなドアを通ってお店の隣の建物へ入り、 年代を経た古い木の階段を上がり、元は和室だったらしい開けた空間に案内していただいた。

壁は抜かれて、昭和の匂いを残しながらも大勢の人が集える空間になっている



巻組の今までと今の活動を渡邉さんより紹介していただく


「巻組」http://makigumi.com/makigumi%20_book.pdfは、震災後、石巻で様々なプロジェクトを生み出してきたISHINOMAKI2.0で活動していたデザイナー、プランナー、建築家がメンバーとなり設立した合同会社。
 
 昭和の終わりには18万人を越える人口があった石巻の駅前には、広い商店街が広がる。しかし、その多くが今では、シャッターが降ろされたままである。使われているようなところも、店舗だけ使い、住まいは郊外の広い家に移した2階より上は使われていない、或は、そこに住んではいるものの、店舗は閉めているケースもある。元々人口減少であったのが震災後加速しているのは、被災地はどこも同じ状況だ。統計をみると、その中でも15~64歳の「生産者人口」は減っているが、65歳以上の「高齢者」は増えている。
 「巻組」は、そんな町の空洞化に歯止めをかけ石巻に留まる人を増やすため、リノベーション可能な物件を探し、短期でも生活でき低料金で借りることができるシェアハウスをつくったり、店舗のデザインを手がけている。また、 今年の3月末にオープンした新しいコンテナ商店街「橋通りCOMMON」のプロデュースにも関わってきた。リノベーション現場には地元の大学生や若者も関わり、石巻を見直すきっかけにもなっている。
 現在進んでいるプロジェクトとしては、「 一般社団法人FISHRMAN JAPAN(フィッシャーマン ジャパン)」http://fishermanjapan.com/と恊働で進める「TRITON PROJECT(トリトン プロジェクト)」http://triton.fishermanjapan.com/top.html、カッコよくて、稼げて、革新的な「新3K」の漁師を増やすための基地を各浜につくろうというプロジェクトだ。そこは、ちょっとした研修施設としても使えるような機能も持たせ、漁師になることに興味を持つ人が住め、漁業体験ができるような、また、若い漁師さんが集ってコミュニケーションがとれるような拠点にしたいという。現在、FISHRMAN JAPANには塩釜から南三陸町まで12人の若い漁師さんが参加。そして、10年後には、漁師を1000人増やすという夢を持っている。

巻組と連携してTRITON PROJECTを進めるFISHRMAN JAPANの
マネージャー、島本幸奈さんからプロジェクトの内容を説明していただく

車座で自己紹介と質問タイム
南三陸町からは、観光協会、研修施設などで働く人だったり、webショップを経営する若者が参加。南三陸町には、石巻のような商店街は残っていないが、内陸部に放置されている空き家はけっこうある。そこを活用しようという案はすでに出ているようであるが、実現にいたるには様々なハードルを乗り越えな ければいけない。
 地方で 賃貸をすすめるには、オーナーとの信頼関係が一番必要なことであること、それでも契約はしっかり書類で交わした方がよいこと、シェアハウス運営初めは、住民の顔合わせのイベントを開催してコミュニケーションを図るのがよいなどいくつかポイントになることもお話しいただいた。

 話のあとは、実際にリノベーションをした現場の視察に。お隣のシェアハウス部分の共用部分をみせていただき、街中へ。巻組としてのものだけでなく、それぞれに個性的に使われている店舗や事務所も案内していただいた。

シェアハウス「八十八夜」。
木造の内装をとりはらい、コンクリートの構造をみせる。
木作りの家具の温かさが一層際立つ。     





あいにくの天気だったが、いざま街中へ。








大漁旗を使った小物を制作販売している「FUNADE(ふなで)」
もともとボランティアで石巻に来た有志が素人ながらにリノベーションした。
これがきっかけで、大工になり石巻に住み着いた人も。
流木や廃棄寸前のものがお洒落なデザインに変身する。    










橋通りCOMMONへも足をのばす。コンテナやトレーラーは
青山(東京)から譲り受けたという。



FUNADEを改装した大工さんがここでも活躍


そして、石巻の街中を案内してもらったあとは、北上町十三浜のリノベーション現場へ。


現在まだ改築中













十三浜は南三陸町の隣に位置する。実は、石巻の街中よりも南三陸町のさんさん商店街に行く方が近い。南三陸町の人がリノベーションを実際経験してみるなら、この現場で経験することもできる。
「何か一緒にできるといいですね。」と話して別れた。
先日、medicaraさんの話を聞いた時も思ったが、リノベーション の現場は人と人をつなぐ役割もはたすようだ。

 震災後、各市町村単位で復興への道筋をつけていくのに精一杯に見えたが、今の時期、草の根レベルで人と人がつながってきているように思える。
 まだまだ展開は広がりそうだ。

by 河崎清美

2015年6月2日火曜日

「NPO法人移動支援Rera」の報告会から学ぶ”おでかけ”の大切さと、”平時”への移行





 531日、NPO法人移動支援Reraの初めての報告会が石巻専修大学で開催された。
現代表の村島弘子さんとスタッフ。
オレンジ色の服がぬくもりを感じさせる。


 東日本大震災直後、石巻に入り、物資支援や泥だしをしていた札幌を拠点とするNPO法人ホップ障害者地域生活支援センターは、20114月頃から移動支援を専門とする「災害移動支援ボランティアRera」として活動するようになった。活動は徐々に地元スタッフに移行していき、20132月には「NPO法人 移動支援 Rera」となり活動を継続している。利用者数はのべ8万人、総合走行距離は25万キロ。需要は高い。

 報告では、震災直後の状況から地元スタッフへの移行の様子、日々の活動の報告等がされた。利用者の半数以上は、70代、80代の一人暮らし、二人暮らしである。9割は通院。その他、買い物、老人施設への送迎などもあるが、遠慮してなのか、「おでかけ」のための利用はあきらめている、という人が多いようだ。

震災直後、人気だったのはお風呂送迎。お風呂に入る前「もう死にたい」
と言っていた利用者が、帰る時には「生きていてよかった」と話していたと、
今では笑い話にもできることが、当時は切実な問題だった。


初期の手づくり看板


Reraボランティアの方々



廊下の展示を見ながら当時のことを思い出した人も多かった人も多かっただろう

 避難所から仮設住宅へ、生活も環境も時を追って変化してきたが、ニーズは変わらなかった。震災以前からの問題が震災で悪化し浮き彫りになったという。
 被災地では加えて、元々バス路線の通っていない地域への仮設住宅建設、病院の閉鎖や遠方への移転、家族構成の変化で送迎をしてくれる人がいなくなったなどの状況の変化に、さらなる対応が求められてきた。それでも、平成27年度までは、被災地の地域交通は、国土交通省の財政支援に支えられてきたが、それも終了する。今でも、全国からボランティアは集ってくるが、いつまでも外部ボランティアに頼ることはできないので、地元スタッフの獲得のため、講習会などを開催してきた。
 人材の獲得、資金繰り、 「平時」を取り戻していく過程での課題は山積している。


 地域交通政策やまちづくりを研究している福島大学の吉田樹(いつき)先生からは、「おでかけ」の意味と地方交通政策の現状について話があった。

福島大学の吉田樹先生











住民調査によると、移動販売車に来てもらったり、生活支援サービスを頼ったりするよりも、自らが足を運んで買い物をすることを望む声が強い。
「どうでした?」「いっぱい話したよ。久しぶりだったからね。」車の中で話されるたわいのない日常会話。そんな会話も一人ではできない。車の中でのなにげない会話、それが、こころの安定につながる。地域交通が、物理的に必要なものを求めることだけでなく、心の解放や体の機能を支えることにもつながる。
 地域交通事情は 被災地に限らず、どこの地方でも問題を抱えていることがらだろう。国も人口減少、少子高齢化が急速に進む今、現状に会わせる方向で、法律の改正なども行っているが、実際にマネジメントするのは地方行政になる。

 地方では、赤字経営や人材不足が問題になっているが、全く手だてが無いわけでもないだろう。地域の取組としては、事業者や地域の枠を越えた連携とネットワークが解決の糸口になり得る。
 栃木県や山形県での例も紹介された。 病院の外来時間、大型商業施設、鉄道駅、温浴施設へのアクセスを便利にするだけで、利用率も変わる。栃木県足利市では、おでかけできる範囲を広げ、本数を増やすことも利用率アップにつながり、高齢者以外の利用者も、収入も増えたそうだ。
山形市明治・大郷地区の「スマイル・グリーン号」はデマンド型タクシー(注1)として開始したが、地域住民との話し合いで、サービス水準を決めたり、「スマイル・グリーン号」を巡る各種イベントを通じ、地域に愛される「地域車」になっているという。

スマイル・グリーン号のイベントに沸く地元を紹介

 復興まちづくり計画では「生活難民」をうみださないよう土地利用計画ととも に交通戦略をかんがえなければいけない。そのためには、各自治体の「平時」の素地が大きく反映されるが、平時に地域交通の問題が表に出てくることはあまりないらしい。今まで問題視されていなかった問題は復興計画 にもなかなかあがってこないのが現実だということだ。
課題は山積しているが、地域交通の問題が表面化している被災地の今は改革のチャンスか もしれない。
 住民が自ら考え実行に加わってこそ、輸送だけでない福祉の可能性が広がっていくのではないだろうか。

by:編集長 河崎清美

注1【デマンド型タクシー】
ドア・ツー・ドアの送迎を行うタクシーに準じた利便性と、乗合・低料金というバスに準じた特徴を兼ね備えた移動サービス。
(「日本総研」ホームページより http://www.jri.co.jp/page.jsp?id=6953 )


NPO法人 移動支援ReraとNPO法人 地星社の恊働で実施されたアンケート調査の結果が、調査報告書、「宮城県沿岸被災地における移動困難者の状況調査〜石巻地域の移動困難者へのアンケートから〜」としてまとめられている。







報告会のあとは、カフェ市
(昨年オープンした福祉作業所が運営するカフェ)
のお菓子とソフトドリンクで交流会



2015年5月10日日曜日

カルタで見える石巻の風情


 ゴールデンウィーク最終日の56日、石巻グランドホテルでカルタ大会が開催された。
少し遅れてドアを開けると、真剣に向かい合う二人が3組。既に対戦がはじまっていた。
「『ずよう』ってわかる?ずようきょうそう(滋養強壮)の『ずよう』だからね!」読み手の女性が語ると、会場に笑いが起こる。
話されることばは、仙台弁。東北のひとだったらわかるところも多いだろうが、西から来た人間には全て理解することは難しい。





カルタも箱も袋も全部手づくり

このカルタ大会の主催は自由大学「東北復興学」メンバーを中心にした「石巻カルタ制作実行委員会」。発起人は石巻出身、東京在住の浅野郁美さん。
浅野さんの石巻の実家は津波で流され、ご両親は震災後、仙台市に移り住んでいる。
「震災後、どんどん変わって行く石巻を見て自分が取り残されて行くような気がしたんです。」と語る浅野さんは、「石巻の人が知っている石巻を石巻の人と共有したい」と思ってこの企画を考えたという。


発起人の浅野郁美さん(左)とイラストを描いた高橋奈保子さん(右)「人とつながることでここまで来れました。」と語る二人。


「東北復興学」のメンバーを中心に立ち上がった「石巻カルタ制作実行委員会」には心ある仲間がつながり、2年をかけて、カルタが完成した。文言のネタは、郁美さんの友達や知り合いに声をかけたり、石巻出身者を中心に大森(東京)で開催されている「石巻マルシェ」で「あるあるを集める集い」を開催して集めた。カルタは一枚一枚、手づくり。決まり字(最初の文字)は消しゴムはんこでつくり、イラストは友達に紹介され参加した美大出身の高橋奈保子さんが描いた。高橋さんは震災後の石巻しか知らないので、イメージしにくいものも多かったが、何度か石巻を訪れ、地元の人の話を聞いたり、元存在していた場所に自らの足を運んでみることによって、ようやくイメージがつながって来たという。
実行委員会のスタッフは、忙しい仕事の合間を縫っての制作だった。

「上映中『お電話ですよ!』岡田劇場」、「ちりんちりん 市民プールで なぜか大福」。
文言が読まれると、「やってた。やってた」、「そういえば、大福売ってたねー」などと周りで観戦している人々からも声があがる。
「おらいも おだくも あべ、あべ、あべ(阿部、安倍、安部)」、「運動会 空にはためく大漁旗」、「んだ んだからー んだがらっしゃー!」。
町の小ネタは、地域の特色、習慣、独特の言い回しが文言の中に含蓄されている。そこには、気取らない人々の日常のいとなみ/文化が見えてくる。「昭和」という時代を感じさせる要素もある。そして、それは不思議と石巻出身でない者にも、田舎に帰って来たような懐かしさを感じさせるのだ。

手づくりのカルタ。決まり字(最初の文字)は消しゴムはんこで一つ一つ押した。
紙を貼るのも手づくり。


カルタの文言は全て解説つきで壁に貼られている














解説がまとめてある冊子も手づくり











 
石巻と東京、東京と東京、石巻と石巻、人と人をつなげ、多くの思いがつまったこのカルタは、時をも超えて人をつなぐ。ゲームとして楽しめるだけでなく、時空を超えて思いをつなげるツールにもできる。皆でカルタ大会をするのもよし、一つ一つてにとってみるのもよし。

「欲しい」という声もあがっているそうだが、今のところ、増版予定はまだ無いとのこと。一つには、一枚一枚、手づくりでつくっているため手間ひまがかかるということ。そして、資金的な課題も大きい部分を占めるという。

楽しみながら、震災前の石巻の風情を伝えられるこのカルタ、ぜひ、多くの人に知ってしい。いずれにしても、これからの展開が楽しみである。

by 編集長 河崎清美